あくび指南所 2号店

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「パーフェクトマイル」 ニール・バスコム ソニーマガジンズ

パーフェクトマイル―1マイル4分の壁に挑んだアスリート
長距離走者の孤独,といえばアラン・シリトーだが,この本はさしずめ中距離走者の孤独だ。
1950年代当時,多くのランナーが挑んでも到達することができなかった1マイル4分という記録は,人類の限界とさえも言われた。その壁に挑み続けた,イングランド,オーストラリア,そしてアメリカの3人のランナーの姿を描いたノンフィクション。
個人競技,それも記録との闘いは孤独だ。特に,国際大会も少なく,互いの情報を知る術も多くない当時は,それぞれのランナーが自分のやり方を信じて記録に挑むしかなかった。著者によって描かれる彼らの姿はひどく孤独である。3人のいずれも1マイル4分の記録は必ず破れると信じている。しかし,それを証明するために彼らにできることは,自らの走りで記録を破ることだけなのだ。記録への彼らの挑戦は,1マイル走が欧米での人気種目であるために,世間からも大きく注目されたが,それがむしろ当人たちの孤独を深めることもしばしばだった。
彼ら3人も,何度も4分の壁に挑み,わずかな差で記録達成を逃した。快調なペースで飛ばしていながら,ラストスパートのわずかな陰りが秒単位,あるいはそれ以下の単位で記録達成を阻む。わずかの差ながらも彼らが触れることができない記録。それはまさに壁のように存在している。その壁を前にしたもどかしさを,著者のペンによって,私はランナー達と同じように感じる。彼らと同時代を生き,彼らと同じ走りを体験する上質のスポーツノンフィクションが,ここにある。


ちなみに,1マイル走の現在の世界記録は3分43秒13(エルゲルージ=モロッコ)。打ち破られた壁は,すぐにその痕跡すら希薄になっていく。